matohu matohu

COLLECTION

2019 AUTUMN & WINTER COLLECTION SEASON CONCEPT

近くにいると見えにくい。遠くから来ると、その魅力に気づく。

雪国の人は、雪は本当に困るという。いらない余計なもの、早く無くなればいいという。雪のせいで仕事は滞り、移動は難しく、毎日の大切な時間が無意味な雪かきで消えてしまう。そこに住めば、そのやっかいさを痛いくらい思い知るだろう。
他方、遠くから来た、日々の大雪を知らない人は、雪国の美しさにうっとりする。一歩外に出るごとに、その風景に感動する。ふんわりとなだらかな積層。起伏がつくる青白い影。黒いコートの上に落ちて花咲く雪の結晶。溶けた水が雪にあける小さな穴。道路に積まれた泥雪のまだら模様さえ…あらゆるものが魅力をたたえている。
近くにいると見えにくい魅力を、遠くから来た人は子供のような心で生き生きと見る。その目線のまま、その土地で生まれた手仕事に眼を向ける。すると新しい感動がそこにもある。
津軽地方の工芸の魅力は、雪の季節に来てみると、いっそう深くわかる。今のように車も除雪もない時代、雪が降ればもうどこへもいけなくなっただろう。文字通り「冬籠り」である。その閉じ込められた時間を、呪いではなく歓びに変えるのが「手仕事」だ。じっくりと腰をすえて、こつこつと積み重ねていく仕事。時間がかかればかかるほど、仕事は緻密になり、歓びは大きく、やりがいは増す。

「こぎん刺し」とよばれる刺し子の刺繍も、時間が生み出した工芸だ。一針一針が、生きる時間のように布に刻まれる。忙しい農家の女性たちは、囲炉裏端でこぎんを刺すときだけは、座っていても威張れたそうだ。それは楽しみであると同時に、家族を想う愛の仕事だったからだ。 また、この地方に何百年と続く「津軽塗」という漆の塗り物がある。ふつう漆器は赤か黒の単色にぬるか、表面に絵を描く。だが「津軽塗」は「時間」で模様を描くのである。穴の空いたヘラや布切れで、下地の上に色漆をまだらに塗り、それを何層にもミルフィーユのように重ねていく。塗り終わると、器の表面は雪がつもったように凸凹だ。だがそれで終わりではない。ここから本当の仕事が始まる。せっかくぬった漆の層を、なんと紙やすりで研いで落とすのだ。すると表面に波紋のような模様が自然に現れる。色漆を重ねているので、同じ柄はどこにもない。どこまで削るか、どこでやめるかで模様は変わる。 約50工程、2ヶ月近くかけて積み重ねてきた時間を、3分の2近く研ぎ落とすことで完成する。これもまた時間が祝福する雪国の手仕事である。
そしてこれらの模様は、雪がつくる自然の美しさにそっくりだ。こぎんの幾何学模様は、降り積もる雪の結晶のようだし、津軽塗のまだら模様は、氷や土がまざり合う雪の道に似ている。
当たり前すぎて気がつかない美しさが、工芸にひそむ。毎日見ているものの姿が、物づくりの中に自然に溶け込む。春になると豊かな水になって津軽の大地を潤す雪は、手のひらの上でも豊かな恵みとなる。

pagetop