「故にいう、八雲立つ出雲と。」(『出雲國風土記』より)
幾重にも雲が湧き立つ国、出雲。いにしえの神がそう名付けたことに由来する。私たちが旅に出かけた時も、雨雲が立ちこめ、小雨が降り、にわかに晴れて、白雲が湧き上がるのを何度も見た。
古き神話の国には、出雲大社を中心に様々なものが息づいている。豊かな山海の食べ物、歴史ある建造物、そして暮らしを支える工藝。この土地でしか生まれないものが、今も人々の手で受け継がれている。
そのひとつを取り上げよう。「筒描き」である。米粉の糊を筒に入れて紋様を描き、藍がめに十数回浸して藍染をする。最後に川で丁寧に糊を洗い流すと、紺地に白抜きの鮮やかな模様が浮かび上がる。
防染糊を使った染めには他にも「友禅染」があるが、それは武家や豊かな商家のためのもの。それにたいして「筒描き」は、庶民のための染めものだった。
かつて日本中の村には紺屋(藍染屋)がたくさんあり、筒描きはごく一般的な染め方だった。化学染料の登場で二十世紀に藍染めが衰退すると、この工藝も伴走するように失速していった。現在、本藍染の筒描きをする職人はほとんど残っていない。出雲には長田染工場の一軒を残すのみだ。
私たちは出雲民藝館で、古い筒描きを見せてもらった。木綿地の風呂敷に、鶴や亀、松竹梅の吉祥模様が描かれていた。とくに魅了されたのは、手描きならではの素朴で力強いラインと、模様の愛らしさだった。それらは見ているだけで心を和ませる力がある。
風呂敷、布団皮、たんすを包む油箪。これらは嫁入り道具として両親があつらえたものだ。嫁ぐ娘の幸せを願って描かれた特別な染めもの。そして赤ちゃんができると、今度は入浴に使う湯上げ布、おんぶ布、おむつなどの筒描きを「孫ごしらえ」として贈った。
その中に不思議な模様があった。おむつに太い縄で結われた錨が描かれている。おむつに錨? なぜだろう。
昔は乳幼児の三人に一人が五歳まで育たず亡くなったそうだ。幼な子を失った親の悲しみはいかばかりだっただろう。はかない命を無事この世につなぎ留めたい。そんな祈りを込めて錨を描き、我が子の小さなお尻を包んだのだ。
どんな時代にも、疫病や戦争、人の力ではなすすべもない出来事が次々に起きる。それは現代でも全く同じだ。そんな不確かな未来にたいして、無事と平穏を祈らない人がいるだろうか。筒描きとは、切なる祈りの染めものなのだ。
出雲を旅してさまざまな手仕事に出会った。それらはみな暮らしを支えるものへの感謝からうまれていた。天が雲をつくり、雨を降らせ、作物を実らせるように、当たり前に信じられる確かな存在が、私たちの内側にかつてあった。だが、現代人はその多くを見失ってしまった。
出雲には、神々と共に生き、暮らしと仕事を一本の縄のようにあざなう人たちがいる。そこに、「感謝と祈り」という人間の原点を見る。
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